高下駄を履いた散髪屋さん

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高下駄を履いた散髪屋さん

 

 

 

*私の父は大正6年生まれで、享年は90歳でした。若い頃、肩の骨が骨膜炎にかかり、

 

少し左手の指が不自由でした。

 

そのおかげで徴兵検査では「丙種合格」つまり最低のレベルで、兵隊としては失格という判定で命拾いしたという経験がありました。

 

それから関西にいた父(私から見ればお爺さん)を頼って東北からやって来ました。

 

そしてその当時ではおしゃれな職業だった「理容業」 に弟子入りしました。

 

この話は、その頃のお話です。

 

当時はいわゆる見習い(今はインターンと呼びます)が大勢おられてどの店も後ろにずらっと見習いが並んでいた時代です。

 

ほとんどは今で言えば中学校出たてくらいの若い方ばかりでいた。

 

だから皆まだ体が小さくて、背もまだまだ子供という感じでしたが、それでも仕事に励んでいました。

 

理容 の椅子は昔からわりに大きくて、背の低い方にはちょっと高すぎるという感じでした。

 

いすは高くする機能はありますが、低くする機能はついていないのです。

 

そこで考え付いたのが「高下駄」です。これなら7,8センチは 高くなりそうです。

 

でも想像するとちょっと愉快な感じがします。

 

今だったら考えられないのですが、その当時はおおらかだったのでしょうか?

 

でも私なら、足元が不安定でちょっと怖いです。刃物を持っているのですから…

 

でも昔の方は「高下駄」を 日常的に使っておられたのかもしれません。慣れていればこその試みだったのでしょう。

 

そういえば、昔の漫画で「フクちゃん」というものがありましたが、子供心なりにこの「高下駄を履いた散髪シーン」があったように思います。

 

これもこの職業が当時は「花形職業」だったゆえの描写だったと思います。

 

父もその頃は「おしゃれな職業」だから就いたといっていました。

 

自分の親を褒めるのは変ですが、父は尋常小学校では「オール優」の秀才だったようで、おまけにヴァイオリンやオルガンや声楽をかじったこともありました。

 

中学校に進学したかったようですが、いかんせん当時は「お金持ち」でないといけないところだったようです。

 

諦めてその後、関西にやってきたとのことです。

 

少し脱線しましたが、 のどかな昔の理容店での風景でした。

 

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